錦にまつわるお話

錦にまつわるお話

錦市場商店街について

390メートルにもなる商店街

錦市場は京都市中京区のほぼ中央に位置する錦小路通のうち、寺町通~高倉通間、東西390mにもおよぶ商店街。東の端は新京極があり、そこに錦天満宮がある。この狭い通りの両側に様々な商品を扱う商店が軒を連ねており、2006年には「がんばる商店街77選」に選ばれた。

京の台所 錦市場

商店街振興組合に所属する店は約130店舗。魚・京野菜などの生鮮食材や、乾物・漬物・おばんざいなどの加工食品を商う老舗・専門店が集い、「京の台所」として市民に親しまれている。ここで食材を仕入れる割烹、料亭、旅館なども多い。京都名物の鱧・笹かれい・浜焼き鯖・琵琶湖産の淡水魚やその他の鮮魚を扱う店、伝統野菜と呼ばれる京野菜、京漬物・生湯葉・生麩や豆腐など京料理の食材、昆布やかつお節・塩干物から佃煮・蒲鉾などの加工食品、またお茶・お菓子・寿司まで数多くの食品が揃う。錦市場の原型は京都御所への新鮮な魚を納める店が、平安時代に集まり始めたものである。昔の錦では地下水を利用した「降り井戸」で、生ものを冷やして冷蔵庫の代わりをしていた。今でこそ冷蔵庫があり私たちは便利に生活をしているが、当時は井戸水自体が非常に貴重であり、冷やす方法は「井戸水」以外考えられなかった。

錦市場の歴史

錦小路通は平安京が造られたときにできた小路で、ここに延暦年間(782年~805年)に「魚の立ち売り」として魚市場が開かれた。室町時代になると、米座、油座、茶座、魚座などの「座」といわれる同業者組合制度が京都にもでき、魚関係では越後の塩引き魚、隠岐のあわび、周防の鯖、近江のフナなどが取引きされていた。 江戸初期の元和元年(1615年)が錦市場が始まった年となっている。江戸幕府より魚問屋の称号が許され、鑑札を得て独占的な商いをする店(たな)ができ、現在の市場の形態がスタートした。

錦小路の名の由来

それまでは具足小路(ぐそくこうじ)や、くそ小路と呼ばれていたが、時の天皇である後冷泉天皇が錦小路と改めたといわれている。

錦市場と伊藤若冲

伊藤若冲について

伊藤若冲(1716-1800)は、個性的な絵師が多く登場した江戸時代後半の京都にあって、ひときわ輝く強い個性で作品を生み出し続けた絵師である。はじめは、狩野派や中国絵画を学習して絵画制作の基礎を築くが、すぐにそこから離れて独自の表現を求めるようになる。

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